マネジメントの再定義:職場と家庭、二つのチームを導く覚悟

育児

2025年10月から始まった半年間の育休が、まもなく終わろうとしている。 息子と過ごしたこの時間は、間違いなく私の人生において、何度も思い出すであろうほど特別で、かけがえのない財産となった。妻と二人で育休を取ったからこそ、余裕を持って動けたし、旅行にも行けた。この時間は間違いなく「取って良かった」と断言できる。

しかし、復帰を目前にした今、私の心にあるのは達成感のみではない。むしろ、不安や焦りが渦巻いている。未来の自分への備忘録として、今抱えている感情をすべて書き残しておきたい。

組織における私の「不在」と「居場所」

仕事においてまず不安なのは、チームマネージャーという役職ゆえの悩みだ。元々部下として10人ついていたメンバーは一旦別のマネージャーにつき、復帰後は新たにメンバー構成を考えることになるだろう。 そこで新しく部下になる人たちの中には、今まで知らなかった問題児がいるかもしれない。あるいは、元々仲が良かったとしても、部下になった途端に関係性が難しくなることもある。過去の経験上、その難しさを知っているからこそ、再構築への不安は拭えない。

そして、私が6ヶ月間抜けていても、チームは何事もなく成り立ってしまっていたという事実。組織としては正しい姿だが、私の中で「私の必要性はあるのか」「私がいなくても回ってしまうのではないか」という疑問が、大きな不安となっている。

評価、生存、そして「距離感」

現実的な懸念も尽きない。育休中の評価はどうついているのか。給料は上がるのか、RSUとして株も適切に付与されるのか。かつて、育休後に退職勧奨に近い状況に追い込まれた人の話を聞いたこともある。自分もそうなってしまうのではないかという恐怖が、正直ある。

また、メンバーとの関わり方についても再考している。これまでは「誘われたら行く」「部下に近い存在である」というコンセプトでやってきたが、それが本当に正しいやり方なのか。本を読み、程よい距離感の必要性はイメージしつつあるが、いざ現場でそれを実行できるかとなると、非常に難しいと感じている。

家庭という現場との両立、精神的な限界

生活面での不安はさらに切実だ。今は夫婦二人体制で息子の面倒を見ているが、復帰後は「仕事後に帰宅して、そこから育児」という生活になる。妻は絶え間なく育児をし続けており、私は当然そのサポートをしなければならない。 翌朝起きても息子はそこにいて、休みの日であっても育児は続く。仕事でチームのマネジメントをし、帰宅してからも家庭という現場をマネジメントする。休まる暇のない状況下で、私の精神状況や体調は維持できるのか。睡眠不足や疲れによって崩れてしまわないか、不安である。

変化した「熱量」と、あえて選んだ今の場所

最も大きなギャップを感じているのは、私自身の仕事に対する熱量だ。 元々は昇格して年収を上げ、転職して市場価値を高めることに貪欲な人間だった。しかし、息子が生まれたことで「幸せは年収や職場にあるのではない」という発想を抱きやすくなってしまった。 「そこまで頑張らなくてもいいのではないか」「コスパの良い働き方は何だろう」という思考がどうしても頭をよぎる。

今の会社に戻るという選択は、当たり前の流れのようでいて、実は一つの選択だ。資産運用だけで生きていく道や、別の働き方もある中で、なぜ今の場所に戻るのか。その意味を改めて捉え直す必要がある。復帰直後は、私自身も家族も、そして部下も、このギャップに戸惑うことになるだろう。

10年後の私へ

この6ヶ月間、必死に育児に向き合ってきたつもりだが、まだたったの6ヶ月だ。 10年後の私は、10歳になった息子を迎え、また別の悩みに直面しているだろう。その時、仕事と資産、そして家族とどう向き合っているだろうか。

今の私は、仕事はほどほどにしながら、家族との時間を最優先し、お金は「もらえたらラッキー」くらいに捉える働き方を理想としている。10年後の君も、同じ気持ちでいるだろうか。それとも全く違う答えに辿り着いているだろうか。いつかこの文章を読み返して、答え合わせができる日を楽しみにしている。

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